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国連再考 第2部 (1) ‐ 呼称
2003年09月08日
 壮大なる誤訳とでも呼べようか。 少なくとも本来の言葉を訳す側が理想への願望からねじ曲げた切ない曲解とはいえるだろう。日本語での「国際連合」という呼称と英語の「ユナイテッド・ネーションズ (United Nations)」という原名の間にはそんなギャップが存在するのである。

 国連の創設はそもそも第二次世界大戦中の一九四四年の夏から秋にかけてのダンバートンオークス会議で骨子が決められた。 米国の首都ワシントン旧市街のジョージタウンの小高い一角にあるダンバートンオークス邸は三百万平方メートルもの広大な敷地に広がる閑静な邸宅と庭園である。

 第二次大戦でドイツ、イタリア、日本などの枢軸国と戦ってきた米国など連合国(ユナイテッド・ネーションズ)は四四年八月二十一日から十月七日まで、このダンバートンオークスで戦後の世界の安全と平和を守るための国際機構の設立を論じる会議を開いた。 当初はドイツやイタリアと戦う米国、イギリス、ソ連の三国代表が顔を合わせ、後半は日本と戦う米国とイギリス、中華民国の三国代表が会談した。

 前と後でソ連と中華民国が入れ替わったのはソ連がまだ日本とは交戦状態にないからだった。 戦争自体は欧州でもアジアでもなお激しく続いていた。 だがソ連軍は東部戦線全面でドイツ軍を破り、米英軍もノルマンディーに上陸して、フランスを奪回し、太平洋の米軍はマリアナ沖開戦で日本海軍空母の大半を撃滅して、究極の勝利をすでに確実にしていた。

 枢軸と戦うこの米英ソ中などの諸国が今日本で「国連」と訳される言葉と同じ「ユナイテッド・ネーションズ」と呼ばれていた。 「連合した諸国」つまり「連合国」、具体的には枢軸国を敵とする諸国の軍事同盟だった。

 この軍事同盟を「ユナイテッド・ネーションズ」と最初に呼ぶことを提唱したのは日本軍のパールハーバー奇襲を受けて間もない米国のルーズベルト大統領だった。 ホワイトハウスを訪れ、入浴中だったイギリスのチャーチル首相に相談し、同意を得たというのが定説である。 同首相はイギリス詩人のバイロンがうたった「ユナイテッド・ネーションズが剣を抜けば」という一節を引用して賛意を表したという。 その呼称は「連合国」としてすぐ四二年一月一日の大西洋憲章に盛られた。

 その二年半後のダンバートンオークス会議では戦後の国際機関もこの軍事同盟と同じ呼称にすることが決められた。 その過程ではソ連は「世界連合」を、イギリスは「世界評議会」を、それぞれ新国際機関の名に提唱したという。だが結局は米国案の「ユナイテッド・ネーションズ」が採用された。 戦時中の同盟を次元を高めて、機能を異にする発想だが、平時の新国際機関を基本的に軍事同盟の延長と見る姿勢があらわだった。

 このへんの歴史の事実は国連を「第二次大戦後の国際社会が新世界の平和維持のために創設した新国際機関」とみる日本の一般の認識とは、かなりかけ離れている。しかも奇妙なことに本来なら「連合国」と訳されるのが自然な名称が日本では「国際連合」と訳され、歴史の事実をさらに歪める効果を発揮しているのである。 ちなみに中国語では国連は原名に忠実に「聯合国」と訳され、中国でも台湾でも公式呼称となっている。

 ダンバートンオークス会議の翌年の四五年六月、国連の創設を正式に決めたサンフランシスコ会議では国連憲章が五十ヶ国代表により署名された。 憲章でも新機関の名称は「ユナイテッド・ネーションズ」と明確にうたわれていた。 外務省条約局が中心となった日本語訳ではこの名称は「国連」とされるのだが、その訳では憲章の記述が一貫せず、前文と後文では同じ言葉が「連合国」と訳されている。

 こうした経緯を見ると、国連は「連合国」あるいは、「連合国機構」と訳すのがより正確だったといえよう。 外務省の内部からも「わざわざ実態にそぐわない『国際連合』という訳語をつくり」(元外務省国連局社会課長の色摩力夫著「国際連合という神話」)という指摘がある。

 ではなぜそんな訳語がつくられたのか。 色摩氏は解説する。

 「戦後のわが国の社会に有り得べき違和感を懸念して、俗耳に入りやすい『政治的表現』を狙ったらしい。 だがこれは賢明な判断ではなかった。 『国連』という呼称がわれわれ日本人の途方もない『国連神話』を生み出す要因の一つとなったからだ」

 つまり国連という曲訳からは、この国際組織が実は第二次大戦の勝者が戦後の世界秩序を保つために軍事同盟の延長としての共同統治を図るという戦略の産物だったという現実がうかがわれない、ということであろう。


古森義久氏 産経新聞2003年9月8日付朝刊記事

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