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[元米陸軍大尉加藤喬氏 談話] 名誉除隊 5
2006年02月25日
 {米国防総省外国語学校日本語学部長 加藤喬(かとうたかし)さん}

---- 1995年、熊本県での日米合同指揮所演習「山桜」に参加した際の、米軍側の部隊構成は。

加藤: 私は、ワシントン州ルイス陸軍基地が司令部の陸軍第一軍団所属の州兵や予備役部隊の基幹要員400人の一員。ハワイの第九軍団や座間(神奈川県)の在日米陸軍も一翼を担っていました。

---- 第一軍団は米軍再編の一環として司令部が座間に移る方向で、日本でも注目されていますが「アメリカ軍団」と呼ばれているそうですね。

加藤: 総戦力4万の半数が、全米47州に散らばる州兵と予備役部隊で構成されているからです。日本有事では自衛隊が数週間、敵の侵攻を防ぐ一方、第一軍団指揮下の部隊がルイス基地に集結。正規軍2万、予備役2万が日本防衛に向かう計画です。このシナリオに基づき、初めて九州で実施したのが「山桜」でした。

---- 自衛隊と米軍との習慣の違いはありましたか。

加藤: 自衛隊は天幕など建物の中でも敬礼するので、それに倣いました。また、自衛官は自衛隊のことを、親しみを込めて「わが社」と呼ぶことも知りました。

---- 自衛隊の応対はきめが細かいでしょう。

加藤:

---- その自衛官と同じような顔をした人物が、米軍人として同じ場所にいた。

加藤: 一歩町へ出れば、瞬時に周りの風景に溶け込める自分に改めて気付きました。でも、仲間の米軍将兵らと全く同じ軍服を着ながら、どこか違う。一方で、地位協定によりパスポートも持参しておらず、日本で身分を証明するものが何もない。部隊と一緒でないと、出国しようにも出来ない。日本人であって日本人でない自分。幽霊のような存在に感じました。

(聞き手 野口裕之)
2006年02月25日 産経新聞2面記事
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