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国連再考 第1部 (2) ‐ 聖なる神殿
2003年07月29日
 国連への信奉という点ではわが日本は全世界でも最高位にランクされるだろう。現実主義者とされる小沢一郎氏のような政治家までが「国連警察軍」を常設し、自衛隊を提供する構想を説くことにも、戦後の日本の国連の理想への並はずれた期待があらわである。

 皮肉なことに日本と米国は同盟パートナー同士でありながら、こと国連への態度となると、全世界でも最も離れた両極端のコントラストを描く。 国連に対し米国では年来、反発や不信がきわめて強い一方、日本では依存や信頼が異様なまでに強いのだ。

 日本のこの態度は敗戦の苦痛な体験や戦後の特殊な国家観などを原因とするのだろうが、国連を国家エゴのにごりのない澄んだ水のような公正な存在とみるところから出発してきた点では純粋だといえよう。

 国連を重視し、尊重する国はもちろん他にも多い。 だがほとんどの場合、国連を自国の利益の追求手段とみなし、その範囲で国連の現実を利用するという姿勢が明白にうかがえる。 ところが日本は国連自体を汚れた世俗の世界での聖なる神殿とみなし、理想の推進役とする美化の傾きが強いようなのだ。

 しかしそんな日本の背中をどしんとたたくように、この傾きを正す効果をもたらした最近の実例が拉致事件がらみの国連人権委員会での事態だった。

 国連人権委員会はこの四月、ジュネーブでの会議で北朝鮮の人権弾圧を非難する決議案を審議した。 決議案は日本人拉致事件の解決をもうたっていた。 欧州連合(EU)の提案だった。 北朝鮮の人権弾圧はあまりにも明白であり、日本人拉致も北朝鮮首脳が認めている。 国連の人権委員会が人権擁護という普遍的な立場からその北朝鮮を非難することは自明にみえた。

 ところが委員会加盟の五十三ヶ国のうち賛成したのは半分ほどの二十八ヶ国にすぎなかった。 中国、ロシア、ベトナム、キューバ、マレーシアなど十ヶ国が反対票を投じていた。 インド、パキスタン、タイなど十四ヶ国が棄権し、韓国の代表は投票のためのボタンを押さず、欠席とみなされた。 日本国民の胸を刺す自国民の苛酷な拉致という非人道行為を非難することにさえ賛成しない国が多数、存在する現実は年来の日本の国連信仰とはあまりにかけ離れていた。

 「人権抑圧を非難する決議類にはとにかくすべて反対する国は多いという国連の現実を改めて知らされ、怒りを感じた。中国やリビア、ベトナム、キューバなど人権抑圧が統治の不可欠要件となっている独裁諸国がこの国連人権委員会を仕切っているわけだ」

 拉致家族を支援して、国連人権委員会へのアピールでも先頭に立った「救う会」の島田洋一副会長(福井県立大学教授)が国連への失望を語る。 事実、中国の代表は今回の審議でも「北朝鮮がすでに多数の諸国と対話を始めた」とか「決議の採択は朝鮮半島の緊迫を高める」という理由をあげ、反対の演説をとうとうとぶっていた。

 「救う会」の島田氏らは二年前に国連人権委員会の強制的失踪作業部会に拉致事件の窮状を申し立てたが、拒まれた。 北朝鮮がなにも対応を示さないため、という理不尽な理由からだった。 同じ人権委員会はその一方で九十年代には日本の戦争中のいわゆる「慰安婦問題」を再三にわたって取り上げ、スリランカ代表が作成した「報告書」など極端に選別的なアプローチで日本を糾弾し続けているのだ。

 国連でのこの種の関係各国の政治的な駆け引きは日本側のODA(政府開発援助)依存外交をあざ笑うのかと思えるほど見事に、日本の期待を踏みにじり、裏切っている。

 国連人権委員会のいまの議長国はカダフィ大佐の独裁で悪名高いリビアである。 自国内で人権を弾圧する国であればあるほど、この人権委員会に入り込み、内部から国連による自国への非難を阻む、という実態は周知となった。 だからこの委員会では中国に関してチベットや新疆での小数民族の弾圧や気功集団「法輪功」、民主活動家の弾圧への非難の動きなど、芽のうちに摘まれてしまう。

 国連では人間の基本権利の擁護という最も普遍的且つ人道的であるはずの領域でも、日本国民の大多数が描く崇高なイメージとは対照的に、加盟各国の独善の政治思惑がぎらぎらと発光する。 個々の国家の利益や計算の追求が生むなまぐさい空気が公正であるはずの議論の場を覆い尽くす。

 日本人拉致をめぐる国連人権委員会での日本の経験は国連のこんなしたたかな現実をいやというほど明示したのだった。


古森義久氏 産経新聞2003年7月29日付朝刊記事
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