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エネルギー特集:第1部(5) 石油備蓄
2005年11月03日
 9月20日、宮城・仙台港に面した新日本石油の製油所から1隻の中型タンカーが出航した。2万5,000キロリットルのガソリンを積んだタンカーが向かった先は、8月下旬にハリケーン「カトリーナ」に襲われた米国の石油精製基地。大手石油元売り4社の首脳も顔をそろえ、資源小国の日本が石油製品を緊急輸出した歴史的な瞬間を見守った。

 米国ではハリケーンで製油所が被災し、ガソリンなど石油製品が不足した事で価格が急騰。このため、国際エネルギー機関(IEA)は9月に入って急遽、加盟26ヵ国に石油備蓄の協調放出を求め、日本も米国向けにガソリン輸出を決めた。

 元売り首脳らとともにタンカーを見送った資源エネルギー庁の近藤賢二資源・燃料部長は「世界的な危機に対し、日本は最も早く対応できた」と胸を張る。8月末には一時、1バレル=70ドルを突破したWTI(米国標準油種)先物相場も各国の協調放出後には落ち着きを見せるなど、大きな効果をあげたといえる。
 ただ、石油業界には不満が残った。元売り会社幹部は「緊急輸出の相手先を探したり、タンカーの手配など、全てが民間の負担だった」と振り返る。政府は「官民一体の備蓄制度の成果」(エネ庁幹部)と強調するが、民間には「役所から丸投げされた」との思いが強く、官民の温度差が鮮明になっている。

 原油輸入の途絶などの緊急時に対応するための石油備蓄制度は、官民でそれぞれ割当量を決めているが、今回の緊急放出はすべて民間備蓄が対象となった。政府が国家備蓄を放出できなかったのは、その全量を原油で蓄えているためだ。ガソリン不足の米国に原油を輸出しても、精製基地が稼働していなければ意味がない。

 昭和53年に始まった国家備蓄だが、今回に限らず、過去に一度も放出された事がない。精製する時間と手間が必要な”伝家の宝刀”は、緊急時に機動的に抜くことができない。今回の備蓄放出は、はからずも国家備蓄の問題点を浮き彫りにした。

 実はエネ庁は今夏、大がかりな国家備蓄の放出訓練を10月に実施する計画を練っていた。従来の手続き的な訓練を改め、備蓄原油を民間に放出するための入札のほか、実際に備蓄基地から石油を運び出すまでを試行し、備蓄制度の重要性をアピールする考えだった。

 だが、訓練よりも先に本番が訪れてしまった。しかも危機の原因は、政府が想定していた中東からの原油輸入の途絶ではなく、米国の自然災害。対応策も民間頼みのガソリン輸出が求められた。「あらゆる点が想定外だった」。エネ庁幹部はこう打ち明ける。

 日本には8月末現在、全国10ヵ所の国家備蓄基地を中心にして、官民合わせて原油7,350万キロリットル、ガソリンなど石油製品約2,250万キロリットルが蓄えられている。第1次オイルショックの際にはわずか国内消費量にして56日分にとどまっていた備蓄だが、今は170日分に達する。産油国からの原油供給が万が一、止まれば、消費の抑制でさらに長期間持ちこたえることができる。

 しかし、民間に大量の備蓄を義務づけることは、原油価格が高騰する中で経済的負担も大きい。このため、政府は民間備蓄を70日分から5-10日分減らす一方、国家備蓄をその分増やす方針だ。ただ、専門家からは「緊急時に機能させるためには、ガソリンなどの石油精製品も国家が備蓄するような体制を整えるべきだ」との声があがっている。

 精製能力不足、産油国の生産余力の逼迫、ハリケーン被害・・・。新たな石油供給リスクは次々と顕在化している。こうしたリスクは、国家備蓄制度そのものにメスを入れる必要を迫っており、エネ庁ではガソリン、軽油など原油以外の石油精製品を国家備蓄に加える方向で検討を始めている。国家備蓄は資源小国・日本を守る最後の砦。「エネルギー欠乏時代」を迎え、その重みは一段と増している。

2005年11月03日 産経新聞特集
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