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インテリジェンスについて語ろう(5) 残念なオウム事件の対応 - 大森義夫氏
2006年04月27日
{大森義夫}
昭和14年東京都出身。66歳。東京大学法学部卒。38年警察庁に入り、鳥取県警本部長、警視庁公安部長、警察大学校長などを経て、平成5年内閣情報調査室長に就任。9年まで宮沢、細川、羽田、村山、橋本の5代の内閣で室長を務めた。17年には外務省の「対外情報機能強化に関する懇談会」の座長として、インテリジェンス機関「対外情報調査庁」の創設などを盛り込んだ答申をまとめた。現、NEC顧問。


《6000人以上の死者を出した阪神大震災の発生は平成7年1月17日の早朝。「(発生は)テレビで知った」という当時の村山富市首相の発言で、政府の危機管理体制に批判が集中した》

-- 首相になかなか情報が入らなかった。

大森 そうですね。「いったいどうなっているんだ」と批判を受けました。あのとき、(自然災害を担当する)国土庁には、当直がいませんでした。いや国土庁だけじゃありません。警察庁や防衛庁などには当直がいましたが、政府全体を見渡しても、ほとんどの役所には当直体制がなかったのです。

-- その反省から、内閣情報調査室の中に、5交代で当直体制を取る「内閣情報集約センター」ができた。ただ内調の中に設置することには反対されたそうですね。

大森 (自然災害の対策は)内調本来の仕事ではありません。インテリジェンスが内調の仕事なのですから。それに内調に回ってきたのは、「昔から当直がいた」という変な理屈からです。しかも、全く権限がなく、単なる”起こし役”でした。

-- ただ、阪神大震災では学んだことも多かった。

大森 民間の力を借りる重要性を知りました。官民一体というのはなかなかできないものですが、あのときはぱっとできましたね。みんなショックで大まじめだった。

《オウム真理教による地下鉄サリン事件などが起きたのもこの年だ》

-- この前年に、松本サリン事件が起きていますね。

大森 このとき、警察幹部はサリンなんて知らなかった。農薬だと思っていましたからね。知っていたのは自衛隊だけです。ただ、そういう研究に対する批判を恐れて、なかなか表に出てこなかったのです。だから(地下鉄サリン事件のときも)、政府に「化学兵器」という認識がなかった。アメリカは「これは大量殺戮だ」と大騒ぎでした。

-- オウムの事件は、国を揺るがす大事件だったと思いますが、内調は”カヤの外”に置かれていた。

大森 警察庁長官らが首相官邸に乗り込んで、直接、首相に報告していましたね。結局、「犯罪捜査だから警察がやる」という、”いつものやり方”でやったということでしょう。

-- ロシアや北朝鮮とのコネクションなど、オウムについては今でも不可解な事が多いとしていますね。

大森 これについては国を挙げて解明すべきだったと思います。国の基本が破壊されるという危機感があったのに、「情報」の共同作業ができなかった。国家の緊急事態だから、一緒にやろうという体制の切り替えができなかったのです。

2006年04月27日 産経新聞2面記事
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