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インテリジェンスについて語ろう(3) 他国に聞いたノドンの発射 - 大森義夫氏
2006年04月26日
{大森義夫}
昭和14年東京都出身。66歳。東京大学法学部卒。38年警察庁に入り、鳥取県警本部長、警視庁公安部長、警察大学校長などを経て、平成5年内閣情報調査室長に就任。9年まで宮沢、細川、羽田、村山、橋本の5代の内閣で室長を務めた。17年には外務省の「対外情報機能強化に関する懇談会」の座長として、インテリジェンス機関「対外情報調査庁」の創設などを盛り込んだ答申をまとめた。現、NEC顧問。


《警察大学校長から内閣情報調査室長へ転じたのは平成5年3月。就任の前々日に自民党の金丸信前副総裁(当時)が脱税容疑で逮捕され、国外では、北朝鮮がNPT(核拡散防止条約)からの脱退を表明し、最初の核危機が表面化した時期だった》

-- できれば、警察官僚として”役人人生”を終わりたかったそうですね。

大森 警察の中でも情報関係が長かったので、新しいポストに違和感はありませんでしたが、少しさびしかった。だが、警察を離れる解放感もありました。警察は権限を行使する職場ですが、内調は才覚で勝負です。

-- 内調室長に就任した時期は内外で大きな出来事が重なり、騒然としていた時期。それなのに内調は、いつもと変わらぬ雰囲気だった。がっかりしましたか。

大森 新聞記者も同じでしょうが、新しいものに対する発見や感動がなければ、「情報」は扱えません。内調というよりも、日本の「情報(機関)」というものが、感動の薄い、日常生活の繰り返しのような時間を過ごしていたんですね。

-- その年の6月、北朝鮮がミサイル「ノドン」を日本海へ発射した、と報じられ、大騒ぎになりました。

大森 友好国からの情報でした。日本は全く知らなかった。当時、その情報を独自に確認、検証する方法も日本にはありませんでした。ただノドンというのは本当に不思議な話で、いまだに日本人として発射を確認した人は一人もいないのです。

-- その友好国からの情報を首相官邸の幹部の一人が朝駆けの記者に話してしまったのは想定外でした?

大森 私自身も政府としても情報の処理に未熟でした。情報入手には熱心だったが、それをどう使うのかのノウハウが確立されていませんでした。国家全体として空白だったわけです。本来なら総理、官僚に諮った上で、官房長官が記者会見をし、友好国から情報提供があった事実を明らかにした上で、国民に「冷静に対応してほしい」と訴えるべきだったと思います。

-- その後、のど元過ぎれば・・・で、5年後(平成10年)に「テポドン」が飛んでくるまで政府は何もしなかった。

大森 そうですね。テポドンが飛んできて、また大騒ぎになりました。世論が沸騰し、私たちが熱望していた”日の丸衛星”(国産の情報衛星)が急遽実現することになったのです。ただ、「なぜ日の丸衛星でいくのか」。それを決めた仮定は必ずしも明確ではありません。ある意味衝動的であり、論理的ではなかった。もっと早くから議論を重ねていれば、工夫の余地もあったでしょう。いつもながら、危機管理の苦い体験が積み重ねられないことが問題です。

2006年04月25日 産経新聞2面記事
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