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保守新時代 {第4部} 自民党と中国 - (上)1 中国に取り込まれた7団体
2006年04月03日
 小泉政権の誕生以来、日中関係は「国交正常化以来、最悪」(日中関係筋)の状態にある。9月の自民党総裁選でも対中外交が大きな争点として浮上する中、自民党と中国の関係を検証する。

 中国の国家主席・胡錦濤が3月31日、元首相・橋本龍太郎ら日中友好7団体の代表者らが顔をそろえた北京市内の人民大会堂で、首相の靖国神社参拝を非難し始めると30人以上が座っていた大広間はシーンと静まり返った。

 「意外とはっきり言ったな」
 出席者の一人は、「ポスト小泉」の首相が靖国に参拝しても首脳会談には応じないとの主席のメッセージに戸惑った。前夜、在中国大使・阿南惟茂から「靖国問題でどういう話をしたらいいか、(中国の)上層部が議論している」と聞かされていた。だが、訪中団には「今回は友好第一で靖国問題で具体的な言及を避けるのでは」という楽観論が流れていたからだ。

 橋下は「日本へのメッセージとして受け止める」と言うのがやっとだった。
 翌4月1日の中国共産党の機関紙「人民日報」は、「胡錦濤は、日本の指導者がA級戦犯をまつる靖国神社を参拝しない決断をすれば、すぐに関係改善のため首脳会談に応じると強調した」との大見出しで一面に記事を掲載した。だが、会談で元自治相の野田毅が、「戦争の被害者への思いが日本には欠けているが、中国も愛国教育が反日につながっていないか考えて欲しい」と主席にやんわり注文をつけた事実は一行も載らなかった。

 中国が、「ポスト小泉」をにらんで、古くから日中友好に努めてきた7団体(別表)を「対日宣伝戦」に活用したのは明白だった。
日中友好7団体
名称代表
(敬称略)
設立沿革や目的など
日中友好協会平山郁夫昭和25年日中間の文化交流、経済貿易の促進。全国に450以上の組織。訪中団派遣や訪日団招聘も
日本国際貿易促進協会橋本龍太郎昭和29年会員500社。対中貿易促進、市場調査など
日本中国文化交流協会辻井喬昭和31年会員誌「日中文化交流」を発行。文化交流を促進
日中友好議員連盟高村正彦昭和24年日中貿易促進議連として発足。会員350人
日中経済協会千速晃昭和47年日中覚書貿易協定で設置された貿易事務所の機能を引き継ぎ、経済交流を行う
日中協会野田毅昭和50年個人会員485人。平成17年度事業計画で首相の靖国参拝中止を求めることを明記
日中友好会館林義郎昭和28年満州国留日学生輔導協会が前身。学生寮運営、中国語学習の専修学校事業などを行う

 中国の対日工作は、昨年10月の小泉の5度目の靖国参拝直後から活発化した。政府筋によると、駐日大使の王毅は昨年12月に一時帰国し、党や政府幹部と対日方針の協議を重ねたという。そこで、「靖国問題で妥協しない」「対日重視の姿勢を打ち出す」「経済、文化など各分野での日中交流を拡大する」との方針をまとめ、王は日本に戻った。

 2月中旬には大阪、福岡など国内5ヵ所の総領事を東京に急遽集め、「日本の世論に注意を払いながら(各界に)働きかけるように」と命じたという。こうした動きに自民党幹部は「7団体の訪中招聘は中国の対日方針を踏まえたものだ。中国は『ポスト小泉』を親中派にしようと動いている」と不快感を隠さない。

 日中関係筋によると、中国の対日政策責任者が「七人の侍」と呼んで頼りにしている現役の自民党議員がいる。7人は
  1. 河野洋平
  2. 福田康夫
  3. 野田毅
  4. 二階俊博
  5. 加藤紘一
  6. 山崎拓
  7. 高村正彦
-で、順位は「親中」の度合いと期待度なのだという。


 町村信孝は外相在任中、反日デモや中国原潜の領海侵犯が相次いだころ、「親中派」の有力議員と言い合った。その議員は「中国にはあまりモノを言ってはいけないんだよ。日本がモノを言わないで日中関係は成り立っているんだから」と忠告したが、町村は「違う。日本は主張しないできたから国民に反中感情が生まれた。議論はしなければいけない」と反論した。

 一方、「親中派」の野田は、「トップがケンカするなら皆が一緒にケンカするのか」と、議員外交が中国との友好関係を維持していると強調する。そのうえで「抗議や主張をするだけが外交ではない。外交は結果だ。今の対中外交は主張すればするほど、望んだ方向とは違う方向に進んでいる」と語る。

 「親中派」ながらかつて中国から「争友(互いに競いあう間柄の友人)」と言われた人物がいた。日中国交正常化に尽力した元厚生相、吉井喜実(平成7年死去)だ。中国が改革開放に沸いていた頃、中国要人が吉井にこうたずねた。

 「どうですか。今の中国は明治維新よりも発展のスピードは速いでしょう」。吉井は「いや。日本に及んでいない点が2つある。教育制度と港湾整備だ」と即座に指摘したが、中国要人は大きくうなずき、耳を傾けたという。

 胡錦涛と友好団体代表の会談では、東シナ海のガス田や在上海総領事館員の自殺など中国にとって耳障りな話題は出なかった。問題山積の今こそ「争友」が求められる。(敬称略)

2006年4月2日 産経新聞1面記事

町村元外相と野田毅議員の対中外交論が対象的。
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