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資源小国の挑戦 第2章 原発再考(8) 信頼回復に向けて
2006年04月02日
 ウクライナの首都キエフから北北西に直線で約110キロ。荒涼とした雪原にコンクリートの要塞がそびえ立つ。チェルノブイリ原子力発電所4号機。原発史上最悪の事故が起きたのは、旧ソ連時代の1986年4月26日未明だった。

 出力の急上昇を制御できずに爆発事故が発生。爆風で原子炉建屋の屋根が吹き飛び、原子炉から大量の放射性物質が空中に放出された。独特の原子炉構造の特性に反して行った実験が事故の原因だった。このチェルノブイリ原発から飛散した放射性物質は国境を越え、欧州など広範囲での環境汚染をもたらした。

 この事故で欧州の原発建設計画は停滞を余儀なくされ、世界中で原発に対する逆風が強まった。日本でも各地の原発建設計画が後退した。チェルノブイリ原発周辺の放射能レベルは依然として高く、今なお原発から半径30キロは立ち入りが厳しく制限されている。


 世界を揺るがした事故から20年が経過し、原発は再び脚光を浴びつつある。原油高騰は石油に依存する世界のエネルギー需要の危うさを浮き彫りにした。また、地球温暖化対策として、発電過程で二酸化炭素を排出しない原発が果たす役割に対しても期待が大きくなっている。ただ、どれほど原発の重要性が高まったとしても、原発事故の影響の深刻さは変わらない。原発の推進には、一段の安全性や信頼性の確保が問われているのだ。

 1977年に発生した米スリーマイル島(TMI)原発事故の後、米国政府は、国内の原発新設計画を全て取り消した。だが、原油高騰など逼迫するエネルギー需要を背景にして、昨年夏には電力会社に対する原発建設の補助金制度を盛り込んだ包括エネルギー法が可決。米国は再び原発新設へとかじを切った。

 米国の原発稼働率はTMI事故以降、長らく50%台に低迷していたが、現在では90%を超えている。「TMI事故以来、関連業界はトラブル原因の解明やメンテナンス方法の工夫に努め、そうした情報を業界横断的に共有してきた」。米国の原子力関係者はこう胸を張る。稼働率の向上はその成果であり、こうした地道な業界活動が原発新設を可能にしたともいえる。


 かつて世界のお手本とされてきた日本の原発稼働率は今、約70%に低迷している。この間、東京電力は原発のトラブル隠しによって信用を失墜。関西電力は美浜原発(福井県)で国内原発としては最大の死傷事故を起こした。

 関電の事故は放射能を含まない二次冷却水が流れる天井付近の配管が破損。約140℃の蒸気が噴出して11人の死傷者を出す惨事となった。事故を起こした配管は点検リストから漏れ、運転開始から28年もの間、一度も検査されていなかった。事故現場には今も犠牲者を悼む献花台が備えられ、作業者はこの献花台を通る際にはヘルメットを脱ぎ、黙祷をささげる。

 関電では再発防止に向けて、事故が起きた二次系配管の保守管理費用として今後5年間で従来の2.5倍に当たる約200億円を計上。また、原子力事業本部を大阪市の本社から美浜町に移転し、電力会社として初めて原子力事業の中枢を原発立地地点に置いた。過去の不幸な経験を次代にどう生かすのか。

 美浜原発の入り口には「安全の誓い」の石碑が建てられている。「二度とかかる事故を起こさないよう全社一丸となって取り組むことを誓います」。それは国民に対する誓いでもある。

=第2章おわり (エネルギー・環境問題取材班)

2006年4月2日 産経新聞特集
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