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[論考 中韓の教科書]中国編(5) 目標は民族主義の鼓舞
2005年06月18日
 日本海海戦から100年を迎えて回顧ブームの続く日露戦争(1904-05年)だが、中国の歴史教科書にはほとんど書かれていない。中学では皆無だ。

 中国にすれば、この戦争は満州(現中国東北部)で日露という外国軍隊が戦っただけともいえる。とはいえ、帝政ロシアの南下阻止や中国の革命運動に与えた影響、さらにのちの満鉄や関東州など日本がポーツマス講和条約により獲得した権益への説明が不十分なまま、満州事変(1931年)が突然詳述されることで、日本はより悪辣な侵略者として描かれることになる。日本の侵略を強調したければ、日露戦争を無視した方が好都合には違いない。

 遼東半島南端の軍港、旅順(遼寧省)の史跡にも、教科書と同じく歴史への選別的な姿勢が表れている。戦前から日本人にはなじみの深い日露の戦跡、たとえば旅順港を見下ろす二〇三高地や郊外の水師営は一般的な史跡としての保存にとどまる。いわば観光資源だ。

 これに対して、日清戦争(1894年)で犠牲となった中国の人々を埋葬した「万忠墓」は、この戦争から100年後の1994年に堂々たる記念館が整備され、全国100カ所の「愛国主義教育模範基地」に指定された。日中関係の十字路として歴史に登場する遼寧省だが、全国レベルの模範基地に指定されたのは、日本関係では満州事変の発火点となった瀋陽(旧奉天)郊外の満鉄線爆破地点に建てられた記念館と、この万忠墓記念館だけだ。

 国民に愛国主義の実物教育を施すためのこれら施設は、江沢民政権当時の94年8月に中国共産党が発布した「愛国主義教育実施要綱」に基づき、教育のモデルとなるべく指定された。

 要綱は「愛国主義は中国人民を動かし、鼓舞して団結奮闘させる旗印である」と定義づける。ソ連・東欧の崩壊で権威を失ったマルクス・レーニン主義に代わり、「愛国」を掲げる民族主義をイデオロギーの柱にすえることを事実上宣言したのがこの要綱だ。その発布以降、教科書を含む国民教育全般に絶大な影響を及ぼして今日に至る。

 高校教科書「中国近代現代史」での万忠墓に関連する記述を例に、要綱の影響を追ってみよう。

 要綱の発布時期をまたいで使用された92年版(94年に一部改訂)では、「日本軍は旅順で驚愕すべき大虐殺を行った。中国人を一カ所に縛り上げ、銃撃を加えたあと、ズタズタになるまで鋭い刃物でメッタ突きにした」として、事件の記述にとどまって万忠墓の名は見られない。4年前の連載記事で底本とした2000年版もここは同じだ。

 これが03年版では、この記述に続いて「万忠墓の再修復に関する碑文では、わが同胞の殉難者およそ二万人あまり、とある」として、「模範基地」としての万忠墓記念館にリンクした記述が採用された。

 昨年作成の試用版高校教科書「歴史1」になると、「旅順・白玉山の東側に位置する万忠墓は、あの惨劇を永遠に忘れてはならない、と警告を与えてくれる」と、記述の上で存在感が拡大。「どうして今日、私たちが惨劇を永遠に忘れてはならないのか、考えてみよう」というアピールも加わった。

 学習指導要領にあたる「教学大綱」は、要綱の発布後は歴史教育の目的に「愛国主義教育」を掲げ、「民族の自尊心と自信の確立」を到達目標としている。

 日本の中国侵略に重点を置いた記述は、新中国の歴代教科書で大きな比重を占めてきた。だから、要綱の発布後に教科書がいきなり「反日教育」に転じたというのは単純に過ぎる。また、この要綱を何度読み返しても、日本を名指しして攻撃せよとは書いていない。

 だが、結果はこの万忠墓に関する教科書の変遷が示す通りだ。愛国主義教育という指針に、日本の侵略を示す史実を選択的にかぶせてゆけば、民族主義に裏打ちされた反日意識は嫌でも高まることになる。

 要綱の発布からまもなく11年となる。江沢民氏の育てた子供たちは、一体何千万人になったのだろうか。

山本秀也氏 産経新聞2005年6月18日付朝刊記事

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