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[論考 中韓の教科書]中国編(3) 史実の認識 違い認めず
2005年06月16日
 中国の歴史教科書では、「抗戦八年」と呼ばれる日中戦争(1937-45年)をはじめ、日清戦争(1894年)にまでさかのぼる両国の紛争に関する記述が、これまでも一貫して大きな比重を占めてきた。比率は異なるようだが、台湾に逃れた国民党政権の教育にもこの傾向が強かった。

 前後して中国大陸を支配した政権の共通現象からは、広い意味での「中国」の為政者にとって、
  1. 日本を侵略の前歴国家として強調
  2. 抗戦指導の末、戦勝国の地位を築いた功績の誇示
-が、国民教育のポイントだという図式が浮かぶ。

 ここで中国の高校教科書「中国近代現代史」(2003年改訂版)をみてみよう。

 《日本帝国主義が、全面的な中国侵略戦争を発動したことは決して偶然ではない。長くたくらんできた中国併呑を実現し、アジアにひとり覇を唱え、世界の雄となるという既定の方針による必然の結果だった》

 この説明で始まる下巻の第2章「中華民族の抗日戦争」では、8年に及んだ日中戦争の記述が20ページにわたって続く。

 内容も北京郊外での盧溝橋事件に始まり、上海への戦火拡大(第2次上海事変)を経て南京陥落に至る開戦初年(1937年)の流れはもちろん、日本の支援を受けて南京に成立した汪兆銘政権の内外政策や日本軍による大陸打通作戦(44年)などにも踏み込んでいる。延安(陝西省)にあった中国共産党の動きや抗日ゲリラ戦、国共両党の関係など戦時下の中国内政についても生徒に理解させる仕組みだ。

 記述の分量を日本の高校教科書と比べるとどうだろう。たとえば山川出版社の「新日本史」「新世界史」では、日中戦争については開戦初年の主な史実を中心にそれぞれほぼ1ページにとどまり、あとは第2次世界大戦の全般的な記述に吸収される構成だ。仮に日中の高校生に歴史討論の場を設けたとしても、これでは歴史観を論じる以前に知識量の差で日本の生徒が圧倒されるだろう。

 もっとも、中国側の記述内容を詳しくみると、日中の歴史議論の象徴となった南京事件の「死者30万人以上」以外にも、基本的な史実を巡る認識の違いが浮かび上がる。

 たとえば、盧溝橋事件に関する「中国近代現代史」の記述はこうだ。

《1937年7月7日の夜、日本軍は1兵士の行方不明を口実に宛平城(盧溝橋に隣接する町、現北京市豊台区所在)内の捜索を要求し、中国側守備隊の拒絶に遭った。ただちに日本軍は宛平城と盧溝橋を攻撃した》

 この部分の記述は、1995年改訂の旧版にさかのぼっても変わっていない。学習指導要領にあたる中国教育省制定の「教学大綱」(全日制普通科)は、もっとはっきりと、「日本帝国主義が七・七事変(盧溝橋事件の中国名)を発動し、大挙中国を侵略した」と、事件の責任を日本側においている。

 これでは昭和史最大の謎に数えられる「盧溝橋事件の銃声一発」もなにもない。夜間演習中だった日本の駐留部隊が、無理難題を吹っかけて突然、中国の守備隊である二十九軍に襲いかかったという中国の教科書が描く事件の図式は、少なくとも事件の原因を「不明」とする日本側の一般的な理解とはかみ合わない。

 今回の歴史教科書検定の結果を巡る中国側の批判を見ると、盧溝橋事件に関しては、まさにこの「銃声一発」、すなわち「日本軍に向けて何者かが発砲する事件がおきた」といった記述が取りあげられ、日中戦争の責任を中国側に転嫁するものだと宣伝されている。

 「何者かが発砲」という記述がなぜ責任転嫁の暴論と指摘されるのか。普通の日本人は理解に苦しむ。しかし、日本の侵略性を強調する上で事件原因にあいまいさは認めない、という中国側の原則だけは、この宣伝ぶりからも十分読み取れる。

 中国側の認めた「史実」だけが、歴史、政治的な姿勢を問う「踏み絵」となっているとすれば、歴史問題をめぐる日中の議論はあまりにも不毛であり、絶望的だ。

山本秀也氏 産経新聞2005年6月16日付朝刊記事

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