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[元米陸軍大尉加藤喬氏 談話] 名誉除隊 8
2006年02月28日
 {米国防総省外国語学校日本語学部長 加藤喬(かとうたかし)さん}《湾岸戦争の「砂漠の嵐」作戦(1991年)に参加。シャワー中に、化学弾頭を搭載した可能性のあるスカッド・ミサイルの攻撃を受ける。防毒マスクを掴み地下防空壕に飛び込んだ。》---- 間一髪、良かった・・・。加藤: ところが、既に地下壕に避難していた20人と私の間には「生者」と「死者」を分ける、避けがたい一線が引かれていたのです。---- どういうことで...

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[元米陸軍大尉加藤喬氏 談話] 名誉除隊 7
2006年02月27日
 {米国防総省外国語学校日本語学部長 加藤喬(かとうたかし)さん}---- 湾岸戦争の「砂漠の嵐」作戦(1991年)に参加しましたが、どんな環境でしたか。加藤: 直接支援整備中隊の中隊長代理として、イラク国境の中立地帯から南へ40キロ下がった砂漠の真ん中にあるカリッド国王軍事都市(KKMC)付近に駐屯しました。KKMCはイラク軍南進を牽制する目的で作られた要塞都市。四方は無愛想な褐色の荒れ地で、同じ砂漠でもサハラ砂漠...

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[元米陸軍大尉加藤喬氏 談話] 名誉除隊 6
2006年02月26日
 {米国防総省外国語学校日本語学部長 加藤喬(かとうたかし)さん}---- 米国籍を持つ米陸軍退役将校で現役の米軍属ですが、仮に日米開戦の悪夢が再び起きたら、日米どちらのために尽くしますか。加藤: ”二つの祖国”問題では長年、悩み続けました。そうした中、1990年にワシントンから1時間ほど北上したメリーランド州アバディーンの陸軍武器科学校に小隊長として赴任し、兵器博物館を訪れた際、ようやく答えを見いだしました。...

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[元米陸軍大尉加藤喬氏 談話] 名誉除隊 5
2006年02月25日
 {米国防総省外国語学校日本語学部長 加藤喬(かとうたかし)さん}---- 1995年、熊本県での日米合同指揮所演習「山桜」に参加した際の、米軍側の部隊構成は。加藤: 私は、ワシントン州ルイス陸軍基地が司令部の陸軍第一軍団所属の州兵や予備役部隊の基幹要員400人の一員。ハワイの第九軍団や座間(神奈川県)の在日米陸軍も一翼を担っていました。---- 第一軍団は米軍再編の一環として司令部が座間に移る方向で、日本でも注目...

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[元米陸軍大尉加藤喬氏 談話] 名誉除隊 4
2006年02月24日
 {米国防総省外国語学校日本語学部長 加藤喬(かとうたかし)さん}---- 1995年、熊本県で行われた日米合同指揮所演習「山桜」(作戦名)に参加しましたね。加藤: 武器を携行し作戦行動をとる実動演習ではなく、日米をコンピュータで連結した3週間強のハイテク机上演習でした。演習開始後は24時間態勢となり、陸上自衛隊の精鋭部隊演じる仮想敵相手にコンピュータ上で戦闘が展開されます。米空軍・海兵隊の航空部隊との連携、天...

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